。坐らせてもぢきに立って壁に向ってゐる。物をさっぱり云はなくなった。終ひには両脚がむくみ上って了った。御飯を無理にすすめると「そんねに食はでもいい……」と遠慮ばかりしてゐる。そんな風になる少し前から越後者の伊佐といふ若い男が入り込んでゐたが、正直者でおとなしい性質だったから、お絹の世話は親切に面倒見てゐた。
お絹は或る晩首を吊って死んだ。伊佐達が一寸うっかりしてゐる間にふらふらと家を脱け家の横の柿の木で縊れた。おそろしく柿の実った年だったが――。古い家とその屋敷地と畑一枚とそして大きな柿の木二本が遺された。それは当然お絹が我が子として育て上げた清司が相続するものとお絹自身もきめてゐたのだが、お絹が死んで見ると、伊佐の所有に帰した。これには清司も当の伊佐も驚いた。清司はおたつの私生児でその手続きがしてなかったからだった。清司は間もなく十九年住み慣れた土地を追はれるやうにして村を出て行った。
さう挙げて行けばきりがない。
中屋のおちよ後家の名も久しいものだ。土方の平吾の処も早く女房に死なれてゐる。娘のやす子は製糸工場から孕んで来て女の子を産んで、その儘どこへも嫁入らずに父と子と孫の三
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