その職人の事をみんなは金毘羅の符号で呼んだ。金毘羅はぢきに村を出て行ったが、間もなくお咲も乳呑児を捨てて置いて逃げ出して了った。金毘羅と一緒になるのだらうと誰も思ったがさうではなくて、又どこかで茶屋女になった噂だった。「あんな山の中の貧乏暮しはもう懲り懲りした」と、迎へに行った源吉の叔父にお咲は平気で云ったさうだ。
 あんな性根の腐った女は思ひ切って、誰か貰へと誰も勧めて見たが、源吉は深い未練があるらしく帰ってくる日を待ってゐるやうだった。
「誰の子だかも知れもせんに、よく源さは世話をする……」いつも小薩張と洗った着物を着せられてゐる秀を見ると女房達はよくさう云った。
「似たとこがあるで子ずらよ!」
「ちょっとも似たとこが無いぢゃないかな! あの子は! お咲さ酷似《そっくり》の顔しとる!」
 そんな話もたまには出た。父親の穿鑿と云ふものは割合寛大に置かれてゐるものだ。詳細に穿鑿して行くと思はぬ処に当り障りの出来る事が有った。蔭口と云ふものは云ったり云はれたりするものである。
 源吉のその又隣も独り者の甚太爺の家である。隣と云っても山と谷とで五丁も隔ってゐる。甚太爺は枯木一束くくるにも一
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