ませんでした。
 ――あんなに大事にしてそだてあげた水蜜桃も、こうした東京の店へくれば、まるで半分《はんぶん》は、箱づみのままにくさっていくのだ。
 要吉はくやしさに思わず、太《ふと》ったおかみさんのからだをむこうへつきとばした夢《ゆめ》を見て目をさましました。
 と思うと、今度《こんど》は、やぶの中へすててきた、ネイブルだの、バナナだの、パイナップルだのが、ひとつひとつ、ぴょんぴょんととび上がって、要吉の胸の上で、わけのわからないダンスをはじめました。そうすると、いつのまにか、いなかのおとうさんや妹《いもうと》たちの顔が、それをとりまいてめずらしそうに見物《けんぶつ》しています。
 ――ほんとうに、家の人たちは、まだバナナさえも見たことがないのだ。要吉は、夢の中で、そういいながら、ごろんとひとつ寝《ね》がえりをうつと、昼間《ひるま》のつかれで、今度は夢もなんにも見ない、深い眠《ねむ》りにおちていきました。

     三

 朝のうちに、店の仕事がかたづくと、要吉は、自転車《じてんしゃ》にのって、方々の家へ御用聞《ごようき》きにでかけなければなりません。それはたいてい、大きな門がまえ
前へ 次へ
全14ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木内 高音 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング