ありました。梅雨《つゆ》があけて、桃《もも》の実《み》が葉っぱの間に、ぞくぞくとまるい頭をのぞかせるころになると、要吉の家の人びとはいっしょになって、そのひとつひとつへ小さな紙袋《かみぶくろ》をかぶせるのでした。要吉の家では、その桃を、問屋《とんや》や、かんづめ工場《こうじょう》などに売ったお金で一年中の暮《くら》しをたてていたのです。夏の盛《さか》りになると、紙袋の中で、水蜜桃は、ほんのりと紅《あか》く色づいていきます。要吉たちは、それをまた、ひとつひとつ、まるで、宝玉《ほうぎょく》ででもあるかのように、ていねいに、そっともぎとるのでした。ですから、自分の家の桃だといっても、要吉たちの口にはいるのは、虫がついておっこったのや、形が悪いので問屋の人にはねのけられたのや、そういった、ほんのわずかのものでした。
 要吉は、ある年《とし》、近所《きんじょ》へ避暑《ひしょ》にきていた大学生たちが、自分の家のえんがわへ腰をかけて、一|粒《つぶ》よりの水蜜桃をむしゃむしゃと、まるで馬が道ばたの草をでもたべるようにたべちらすのを見た時の、うらやましい驚《おどろ》きをいつまでも忘《わす》れることができ
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