声が震へるのを感じた。母は不審さうな眼付で彼の顔を視て居たが、何にも云はなかった。
 その月、九月の二十七日の午後から、風が冷たく吹き出した。百歳は警察で仕事をし乍ら、雨でも降り出すかと思ってる所に、測候所から暴風警報が来た。
「暴風ノ虞アリ、沿海ヲ警戒ス」
 石垣島の南東百六十海里の沖に低気圧が発生して北西に進みつゝあると云ふのであった。
 夕方から風が吹き募った。警察署の前の大榕樹の枝に風の揺れて居るのが、はっきり見えた。雀の子が遽しく羽を飜《かへ》[#ルビの「かへ」はママ]して飛び廻った。柘榴の樹の立ってるあたりに黄ろい蜻蛉がいくつとなく群を成して、風に吹き流されて居た。街の上を遠く、かくれがを求めて鳴いて行く海烏の声が物悲しく聞えた。
 百歳はその晩、警察で制服を和服に着換へて女の楼《うち》に行った。女達は暴風雨の来る前の不安で、何かしら慌だしい気分になって居た。其処らの物が吹き飛ばされないやうに、何も彼も家の中に取り入れた。
 日が暮れて間もなく、風と一緒に、ザッと豪雨が降り出した。戸がガタ/\鳴って、時々壁や柱がミシリ/\と震へた。電燈が消えてしまったので、蝋燭を点してあっ
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