で瀰漫する事實網の一々の事實は、大となく小となく密接に相關聯して脈動し、二六時中靜止することなく、刻々に變化を生起し、其結果事實網は新なる状態に移行する。而して此事實網經過の状態は何時始つたか何時終るか判然と知ることが出來ない、といふことになるのである。
 事實網は自ら變化して經過を辿る。あらゆる經過はその一部分を成すものに過ぎないことは云ふまでもない。即ち歴史は畢竟此等の經過の何處かを記述することで、如實に其眞相を寫取るものである。即ち經過は其儘歴史に現はれ、歴史は其儘經過を表はすこととなるのである。此意味に於て經過は歴史の實體であるとの見方が成立する。此見方を一歩進めると事實網も歴史的となり、否歴史の最後の本體となるのである。茲に於て歴史の意味は擴張し充實し飛躍するは申すまでもない。而してこの意味に於て宇宙は歴史を創成し、一々の事實は之に參加するものと解すべきである。
 宇宙は歴史であるとの見解は、學者の微視觀を根據として成立したのであるが、吾人は又常識の巨視觀を以て直に贊意を表するものである。即ち我々の經驗に於て、今日の宇宙を以て變化しつゝある現實とせざるを得ない。昨日の宇宙もさ
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