りし所以《ゆゑん》のもの、決して怪しむに足らず、何となれば渠は選択の時代に生れたればなり。蓋《けだ》し徳川氏天下を平かにせしより、草木の春陽に向つて萌※[#「くさかんむり/出」、第3水準1−90−76]《ばうさつ》するが如く、各種の思想は泰平の揺籃《えうらん》中に育てられたり。久しく禅僧に因りて有《も》たれたる釈氏虚無の道は藤原|惺窩《せいくわ》、林|羅山《らざん》の唱道せる宋儒理気の学に因りて圧倒せられ、王陽明の唯心論は近江聖人中江|藤樹《とうじゆ》に因りて唱《とな》へられ、古文辞派と称する利功主義は荻生徂徠に因りて唱へられ、古学と称する性理学は伊藤仁斎に因りて唱へられ、儒教と神道とを混じたる一種の哲学は山崎闇斎に因て唱へられ、各種各色の議論は恰《あたか》も鼎《かなへ》の沸くが如く沸けり。元禄より享保に至るまで人|各《おの/\》、自己独創の見識を立てんことを競へり。斯の如くにして人心中に伏蔵する思想の礦脈は悉《こと/″\》く穿《うが》ち出されたり。支那二十二朝を通じて顕れたる各種の思想は徳川氏の上半期に於て悉く日本に再現せり。創始の時代は既に過ぐ、今は即ち選択の時代なり。紛々たる諸説
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