き時勢に生れたり。宜《むべ》なるかな彼が勤王の詩人として起《た》ちしや。夫れ英雄豪傑は先づ時勢に造られて、更に時勢を造るもの也。襄の幼き耳は勤王の声に覚されたり、而して彼は更に大声之を叫んで以て他の未だ覚めざるものを覚さんとせり。
 跂《き》なる儒者尾藤二洲は春水の妻の姉妹を妻として春水と兄弟の交ありき。襄後年彼を評して曰く雅潔簡遠と。彼の人と為り実に斯の如くなりき。彼は今春水より其|鳳雛《ほうすう》を托せられたり、彼は喜んで国史を談じたりき、而して是実に襄の聞くを喜ぶ所なりき。夕日西に沈んで燈を呼ぶ時、一個の老人年五十二、一個の少年と相対して頻《しき》りに戦国の英雄を論ず。一上一下口角沫を飛ばして大声壮語す。二更、三更にして猶且|輟《とゞ》めざるなり、往々にして五更に至る。時に洒然《しやぜん》たる一老婦人あり室に入り来り少年を叱して去らしむ。老人顧みて笑ふ。当時会話の光景蓋し斯の如し。
 襄亦柴野栗山を訪へり。襄が栗山に於ける因縁誠に浅からざるなり。今にして相遇ふ多少の感慨なからんや。栗山問ふて曰く、綱目を読みしや否や、答へて曰く未だ尽《こと/″\》く読む能はずと雖も只其大意を領せり
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