して、それを受け取ろうとはしなかった。彼は、おそらく一座の者がつまらない玩《あそ》び物で打ち興じていることが、あまりに苦々しく思われたのだろう。否、士大夫《したいふ》ともあるべきものが、つまらない玩《あそ》び物で、カピタンから体よく翻弄されていることを苦々しく思ったのだろう。彼は、玄白が差し出したその袋を、見向きもしようとしなかった。
その袋は、玄白と良沢との中間に置かれたまま、一座はちょっと白けかかっていた。
が、ちょうどその時、折よく平賀源内が、遅れて入ってきた。彼は、その袋のことを一座の者からきくと、それを無造作に取り上げたかと思うと、たちまち口を開けてしまった。
一座は、源内の奇才を賞する声で満ち満ちた。彼の奇才は、一座の白けかかるのを救ったのである。
が、玄白の、良沢に対する意地とも反感ともつかぬものは、彼の心の中で、この時からだんだん判然とした形を取りかけていた。
玄白は、良沢が一座にいると、心に思い浮ぶ質問の半分も、口に出すことができなかった。良沢には、自分のきいていることが、もうとっくに分かっていはしないかなどと思うと、質問をすることが、良沢の前で自分の無知を
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