告白しているようで、どうにも気が進まなかった。玄白は、そうした外聞とか見得とかいったような心持を、心のうちでかなり恥じていた。が、恥じながらも、それに拘《こだわ》らずにはおられなかった。彼は、オランダの事物、学術、ことに医術に対する知識欲に渇《かつ》えながら、妙な意地から、心のままに質問することができなかった。
その日も、彼は皆が来ない前、特に良沢の来ない前に、自分一人で善三郎に会いたかったのである。彼はオランダ文字を読もうという自分のかねてからの宿願を述べて、その志願の可能不可能を、善三郎にただしてみたかったのである。
そのために、昨日より半刻も早く来た玄白には、良沢が自分よりも早く来ていたことが、かなりの打撃だった。
が、彼は良沢にかまいすぎる自分の心持を恥じた。彼は、良沢ただ一人しかいないのを幸いに、自分の素志を述べてみた。
「西氏! 今日は、ちと御辺に折り入ってお尋ねしようと思うことがござるのじゃ、それは余の儀ではござらぬ。総体、オランダの文字と申すものは、われら異国の者にも、読めるものでござろうか。それとも、いかほど刻苦いたしても読めないものでござろうか。有様《ありよう
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