《さだたか》公と協力して官軍に当るというのであるが、しかし将軍家が必ず官軍に反抗するとは決っていない。否、将軍家も定敬公も、錦旗の旗影《はたかげ》を見られると、すぐ恭順せられるかもしれない。もし、そうした場合には、我々が捨てぬでもよい城を捨てて関東へ下ったことは、全然徒労になる。その上、そこまで官軍に反抗するとなると、藩祖楽翁公が禁裡御造営に尽された功績も、また近く数年|禁闕《きんけつ》を守護して、朝廷に恪勤を尽した忠誠も、没却されてしまうばかりでなく、どんな厳罰に処せられて、当家の祭祀が絶えてしまうようなことがないとも限らない。そうした危険を冒すよりも、今日《こんにち》の場合は、一日も早く朝廷に謝罪恭順して、桑名松平家の社稷《しゃしょく》を全うすることが、何より大切である。それには、当家には先代の御子の万之助様がある。当主|定敬《さだたか》公は、美濃高須藩からの御養子であるが、万之助様は、当家の正統である。定敬公が、禁闕に発砲して、朝敵の悪名を被《き》ていられる以上、万之助様を擁立して、どこまでも朝廷に恭順の誠を表するのが得策であるというのである。
藩士たちは、武士の面目の上から、
前へ
次へ
全35ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング