、石榑《いしぐれ》という山村があった。山から石灰石を産するので、石灰を焼く窯《かま》が、山の中にいくつも散在した。一隊がこの村に達したとき、村人の一人は、この石灰を焼く窯の一つに武士体の男が二、三日来潜んでいることを告げた。それをきいた一隊の人々は、勇み立った。彼らは庄屋に案内させて、その窯を右と左から取り囲んだ。
火のない窯の中からおどろいて飛び出したのは、格之介であった。彼は自分の家の若党の実家を頼って、人目に遠い山中の窯の中に、かくまわれていたのであった。彼は官兵を見ると狼狽した。捕えられることは、彼にとっては死を意味していた。彼は、身を翻して、窯の背後《うしろ》の、二間ばかりの谷を飛び越えると、雑木の生い茂った山の中腹へ、逃げ込もうとした。
「えい! まだ逃げおる! 未練なやつじゃ、射て! 射て! かまわぬ、射て!」
隊長は苛って叫んだ。
二、三人の兵士が、新式のゲーベル銃で折敷の構えをした。激しい銃声が、山村の静かな空気を動かした。格之介のやせた細長い身体が、雑木の幹の間でくるくる回ったかと思うと、仰向《あおむけ》ざまに倒れたまま、動かなかった。
越えて数日、海蔵川
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