ようではござらぬか。武士たるものを、罪人同様に辱めおる。ああ、こうと知ったら、匕首《あいくち》の一本ぐらい隠しておるところであった」
宇多熊太郎は、忌々《いまいま》しそうに舌打ちした。
みんなは、部屋に入って、障子を閉めた。が、格之介には、障子越しに五つ並んだ獄門台がありありと見えた。
それきり、夕食の時まで、誰も一口も口をきかなかった。
夕食の膳が出ると、築麻市左衛門は、所化《しょけ》の僧に酒を所望した。
「各々方、今夜はお別れでござる。我々に無礼を働く鳥取藩士への面当《つらあて》に、明日は潔い最期を心掛けようではござらぬか。各々方が、平生の覚悟を拝見しとうござる」
十二人までは、さすがに悪びれたところはなかった。杯が、しめやかに回った。
が、格之介は、飯も咽喉《のど》へは通らなかった。一杯食った飯が、もどしそうにいつまでも胸に支《つか》えていた。
彼はどうしても死ぬ気にはなれなかった。切羽詰まって死ぬにしても、もう一度妻の顔が見たかった。もう一度妻と――妻と最後の名残を惜しみたかった。が、妻などということを考えないでも、死そのものが、どうしても嫌だった。彼は、どうにか
前へ
次へ
全35ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング