ら出てきたらしいひたき[#「ひたき」に傍点]が、赤と青の翼をひらめかしながら、午前中、墓石の上をあちこち飛び回っていた。
墓地は、黒い板塀に囲われていた。塀の向うには、草が蒼みかけようとする広い空地があった。そこで時々、警護の鳥取藩士が、調練をしていた。
一昨日あたりから、料紙硯《りょうしすずり》を寺から借りて、手紙を認《したた》めるものが多くなっていた。今日は、それがことに激しい。そうした手紙がどういう内容を持っているかは、みんなに分かっていた。
「木村氏、その後は拙者が拝借したい」と一人がいうと、
「その次は、拙者に」
第三の人が、そばからいう。
料紙と硯とは、次から次へと渡った。そうして、午前中に五、六人も手紙を認めた。が、格之介はそうした心持になることができなかった。彼は覚悟とか遺書とか、そうしたことをできるだけ考えまいとした。自分の頭がそうした方面へ走るのをできるだけ制止した。王道をもって、新政の要義としている朝廷が、妄《みだ》りに陪臣の命を取るようなことは、万に一つもないと考えようとした。また、もし我々が斬られるのなら、四日市の本営に呼び出されたあの晩か、遅くともあ
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