た。錦旗に発砲した以上、命がないかもしれない。そうした考えが、ひしひしと彼の胸に迫ってくる。愛妻のおもとと水杯を交わすとき、格之介は、不覚にも涙を流した。

          三

 光明寺に、十三人が閉じこめられてから数日経った。本堂に続いた二十畳に近い書院が、彼らの居室に当てられた。住持の好意によって、手回りの品物が給せられた。警護の鳥取藩士は、彼らにかなり寛大だった。が、生死の間に彷徨している彼らは、みんな怏々《おうおう》として楽しまなかった。
 人間は、何かの感情に激すると、臆病者でもかなり潔く死ぬことがある。忠君とか愛国とか憤怒とか慷慨とか、そうした感激で、人は潔く死ねる。が、そうした感激がなく、死が素面《すめん》で人間に迫ってくる場合には、大抵の人間が臆病になってしまう。十三人の場合が、そうであった。彼らは、蛤門の戦や鳥羽伏見の戦には、かなり勇敢に戦った人たちである。が、戦場から本隊と別れて故郷へ帰って来て以来、忠節とか意地とかいった感激的な心持が、心のうちに緩んでいる。そこへ、死は不意に彼らの顔をのぞき込んできたのである。宇多熊太郎、築麻市左衛門など、剛胆をもってきこえ
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