なく総崩れとなり、淀の堤を退去したとき、彼はいつの間にか味方の諸隊と離れていた。離れていたというよりも、意識して離れたといってもよかった。彼は、この道を取れば、味方に離れるかもしれぬと思いながらも、田圃の中の小道を南へ走ったのである。それが、奈良街道へ出たときも、彼は後悔していなかった。乱軍の場合に、道に迷ったといえば、いい訳は立つ。本隊と一緒に落ちて行けば、薩長の大軍に、西と東とから取り囲まれるに違いない。本国へ退くにも退かれない。激しい切羽詰った戦《いくさ》が、しばしば繰り返されるのに違いない。そう考えると、彼はどうにも、味方の後を追うて行く気がしなかった。
巨椋《おぐら》の池の堤に出たときは、戦場の銃声も途絶えて、時々思い出したように、大砲《おおづつ》の音がかすかにきこえてくるだけだった。本隊を離れたのを幸いに、道に迷ったといって、本国へ帰って、世の静まるのを待とう。そう考えると、故郷の家庭の有様が、まざまざと目の前に浮んできた。旧臘《きゅうろう》京都を立つ前に、藩の御用飛脚から受け取った妻の消息の文面が、頭のうちに、消しても消しても浮んでくる。それに続いて妻の、初々《ういうい
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