だと思った。平素は、こうした軽罪のものに、ただ判決文をよみきかせるだけであるが、長吉の場合、越前は相手と話して見たくなったし、出来ることなら教化して、その当時の言葉で云えば、真人間にしてやりたいと思った。
「長吉とやら、何歳になるか」
 と、越前が話しかけたので、列座している与力達は、びっくりしていた。奉行は、直接に犯人に話しかけるなど、稀有《けう》であるからである。
「へい、二十五でございます」
 言葉つきも尋常である。
「両親はないか」
「ございません」
「いつ別れた?」
「父は十一歳の時存生して居りました。母は覚えて居りません」
「近隣の貧しい者達に、時々金銭を合力していたのか」
「へい。おはずかしうございます。時折、煙草銭《たばこせん》ぐらいは……」
「うん、何人ぐらいに……」
「覚えて居りません、ホンの四、五人でございます」
 こう云う善事を訊《き》いてやると、大抵犯人は得意になって誇張するものである。が、彼はアッサリしたものである。
「二分とか一分とか、まとまったものを与えたことはないか」
「あるようでも、ござりまするが、忘れました」
「いや、盗みとった金を貰《もら》ったか
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