。どうぞ、スッパリとやって下さいませ。その方が、私も気持がよろしゅうございます」
 空威張や、てらい[#「てらい」に傍点]で云っているのではなく、心からそう云っているのだった。
「いや、そうはいかぬ。下郎のそちに、仔細《しさい》は云えぬが、そちの命が助かるようになっているのだ。長吉、そちはよほど、人に善根を施しているのだな」
「善根とは……」
「人に情をかけたことじゃ。そちは、よほど人を助けていると見えるぞ。ありていに、云って見たらどうだ」
「こんなケチな野郎に、たいした事は、出来ません。ホンの煙草銭ぐらいは……」
「いや、そうじゃあるまい。お前の恩を、泣いて喜んでいる者が、いく人か居るに違いない。思い出して見い」
「いやア……」と、云いかけたが、さすがにそのままだまって考えていた。
「思い出すだろう、かくさず云って見い」
 と越前は催促した。
「そうでございますなア。こんなに、よろこんでくれるのなら、これからもまた、人に金をやろうと思ったことが、一度ございます。二年ばかり前でございましょうか、十一月も末のある晩、四つ頃(十時)でございましたろう、永代橋《えいたいばし》の上を通りかかり
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