軍浮足立ったのを、四郎兵衛馬を左方の高みへ乗上げて下知を下す。粟屋|掃部《かもん》、益田七内、村上八郎左衛門、石原太郎左衛門、鳥越五郎兵衛、河内太郎左衛門等三十四人の勇士、各々槍を取って踏みこたえた。この苦戦の様を見た井上五郎兵衛は高地を下りて援軍しようとすると、佐世勘兵衛また馬の口を控えて云うには、「暫く待ち給え。粟屋勢崩れるであろう」と止める。案の定四郎兵衛の軍は崩れて退き、明軍は湧《わ》く如くに馳せ上って来る。勘兵衛見て、時分はよし蒐《あつま》り給えと云う。即ち井上勢は明軍坂を上ろうとする処へ上からどっと駈け下ったから明軍は忽ちに追い散らされ、粟屋勢も取って返した。時に十時頃である。隆景本陣を望客※[#「山+見」、第3水準1−47−77]《ぼうかくけん》の上に置き馬上戦陣の展開を眺めて居たが、機正に熟すとして、全軍に進撃の命令を下した。小早川秀包、毛利元康、筑紫広門等五千の軍を右廻して明軍の左側面を衝かしめ、小丸山に待機中の立花宗茂三千の軍を左廻りして右側面を襲わしめた。隆景自身、井上粟屋勢の後に続いた。追撃して高陽附近に至る頃明将楊元新手を率いて来り援《すく》った。李如松も之に
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