座りながら、やや不安なる表情にて)兄さん、今帰って来るとな、家《うち》の向う側に年寄の人がいて家の玄関の方をじーと見ているんや。(三人とも不安な顔になる)
賢一郎 うーむ。
新二郎 どんな人だ。
おたね 暗くて、分からなんだけど、背の高い人や。
新二郎 (立って次の間へ行き、窓から覗く)……。
賢一郎 誰かいるかい。
新二郎 いいや、誰もおらん。
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(兄弟三人沈黙している)
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母 あの人が家を出たのは盆の三日後であったんや。
賢一郎 おたあさん、昔のことはもういわんようにして下さい。
母 わしも若い時は恨んでいたけども、年が寄るとなんとなしに心が弱うなってきてな。
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(四人は黙って、食事をしている。ふいに表の戸がガラッと開く、賢一郎の顔と、母の顔とが最も多く激動を受ける。しかしその激動の内容は著しく違っている)
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男の声 御免!
おたね はい! (しかし彼女も立ち上ろうとはしない)
男の声 おたか
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