やけえ。
新二郎 いつか、岡山で会った人があるというんでしょう。
母 あれも、もう十年も前のことじゃ。久保の忠太さんが岡山へ行った時、家《うち》のお父さんが、獅子や虎の動物を連れて興行しとったとかで、忠太さんを料理屋へ呼んで御馳走をして家《うち》の様子をきいたんやて。その時は金時計を帯にさげたり、絹物ずくめでえらい勢いであったいうとった。それからはなんの音沙汰もないんや。あれは戦争のあった明くる年やけに、もう十二、三年になるのう。
新二郎 お父さんはなかなか変っとったんやな。
母 若い時から家《うち》の学問はせんで、山師のようなことが好きであったんや。あんなに借金ができたのも道楽ばっかりではないんや。支那へ千金丹を売り出すとかいうて損をしたんや。
賢一郎 (やや不快な表情をして)おたあさんお飯《まんま》を食べましょう。
母 ああそうやそうや。つい忘れとった。(台所の方へ立って行く、姿は見えずに)杉田さんが見たというのもなんぞの間違いやろ。生きとったら年が年やけに、はがきの一本でもよこすやろ。
賢一郎 (やや真面目に)杉田さんがその男に会うたのは何日《いつ》のことや。
新二郎
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