どうも見たようなことがあると思って、近づいて横顔を見ると、家《うち》のお父さんに似ていたというんです。どうも宗太郎さんらしい、宗太郎さんなら右の頬にほくろがあるはずじゃけに、ほくろがあったら声をかけようと思って、近よろうとすると水神さんの横町へ、こそこそとはいってしもうたというんです。
母 杉田さんなら、お父さんの幼な友達で、一緒に槍の稽古をしていた人やけに、見違うこともないやろう。けどもうお前、二十年にもなるんやけにのう。
新二郎 杉田さんもそういうとったです。何しろ二十年も会わんのやけに、しっかりしたことはいえんけど、子供の時から交際《つきお》うた宗太郎さんやけに、まるきり見違えたともいえんいうてな。
賢一郎 (不安な瞳を輝かして)じゃ、杉田さんは言葉をかけなかったのだね。
新二郎 ほくろがあったら名乗る心算《つもり》でいたのやって。
母 まあ、そりゃ杉田さんの見違いやろうな。同じ町へ帰ったら自分の生れた家《うち》に帰らんことはないけにのう。
賢一郎 しかし、お父さんは家《うち》の敷居はちょっと越せないやろう。
母 私はもう死んだと思うとんや、家出してから二十年になるん
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