、家《うち》には金がないんやけにな。この頃のことやけに、少し支度をしても三百円や五百円はすぐかかるけにのう。
賢一郎 おたねも、お父さんのために子供の時ずいぶん苦労をしたんやけに、嫁入りの支度だけでもできるだけのことはしてやらないかん。私たちの貯金が千円になったら半分はあれにやってもええ。
母 そんなにせいでも、三百円かけてやったらええ。その後でお前にも嫁を貰うたらわしも一安心するんや。わしは亭主運が悪かったけど子供運はええいうて皆いうてくれる。お父さんに行かれた時はどうしようと思ったがのう……。
賢一郎 (話題を転ずるために)新は大分遅いな。
母 宿直やけに、遅うなるんや。新は今月からまた月給が上るというとった。
賢一郎 そうですか。あいつは中学校でよくできたけに、小学校の先生やこしするのは不満やろうけど、自分で勉強さえしたらなんぼでも出世はできるんやけに。
母 お前の嫁も探してもろうとんやけど、ええのがのうてのう。園田の娘ならええけど、少し向うの方が格式が上やけにくれんかも知れんでな。
賢一郎 まだ二、三年はええでしょう。
母 でもおたねをほかへやるとすると、ぜひに
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