おたねはどこへ行ったの。
母 仕立物を届けに行った。
賢一郎 まだ仕立物をしとるの。もう人の家《うち》の仕事やこし、せんでもええのに。
母 そうやけど嫁入りの時に、一枚でも余計ええ着物を持って行きたいのだろうわい。
賢一郎 (新聞の裏を返しながら)この間いうとった口はどうなったの。
母 たねが、ちいと相手が気に入らんのだろうわい。向こうはくれくれいうてせがんどったんやけれどものう。
賢一郎 財産があるという人やけに、ええ口やがなあ。
母 けんど、一万や、二万の財産は使い出したら何の役にもたたんけえな。家《うち》でもおたあさんが来た時には公債や地所で、二、三万円はあったんやけど、お父さんが道楽して使い出したら、笹につけて振るごとしじゃ。
賢一郎 (不快なる記憶を呼び起したるごとく黙している)……。
母 私は自分で懲々《こりごり》しとるけに、たねは財産よりも人間のええ方へやろうと思うとる。財産がのうても、亭主の心掛がよかったら一生苦労せいで済むけにな。
賢一郎 財産があって、人間がよけりゃ、なおいいでしょう。
母 そんなことが望めるもんけ。おたねがなんぼ器量よしでも
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