しみをさせまいと思うて夜も寝ないで艱難したけに、弟も妹も中等学校は卒業させてある。
父 (弱く)もう何もいうな。わしが帰って邪魔なんだろう。わしやって無理に子供の厄介にならんでもええ。自分で養うて行くぐらいの才覚はある。さあもう行こう。おたか! 丈夫で暮せよ。お前はわしに捨てられてかえって仕合せやな。
新二郎 (去らんとする父を追いて)あなたお金はあるのですか。晩の御飯もまだ食べとらんのじゃありませんか。
父 (哀願するがごとく瞳を光らせながら)ええわええわ。
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(玄関に降りんとしてつまずいて、縁台の上に腰をつく)
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おたか あっ、あぶない。
新二郎 (父を抱き起しながら)これから行く所があるのですか。
父 (まったく悄沈として腰をかけたまま)のたれ死するには家《うち》は要らんからのう……(独言のごとく)俺やってこの家《うち》に足踏ができる義理ではないんやけど、年が寄って弱ってくると、故郷の方へ自然と足が向いてな。この街へ帰ってから、今日で三日じゃがな。夜になると毎晩|家《うち》の前
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