てええか。子供もこんなに大きゅうなってな、何より結構やと思うとんや。
父   親はなくとも子は育つというが、よういうてあるな、ははははは。
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(しかし誰もその笑いに合せようとするものはない。賢一郎は卓に倚《よ》ったまま、下を向いて黙している)
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母   お前さん、賢も新もようでけた子でな。賢はな、二十の年に普通文官いうものが受かるし、新は中学校へ行っとった時に三番と降ったことがないんや。今では二人で六十円も取ってくれるし、おたねはおたねで、こんな器量よしやけに、ええ所から口がかかるしな。
父   そら何より結構なことや。わしも、四、五年前までは、人の二、三十人も連れて、ずうと巡業して回っとったんやけどもな。呉で見世物小屋が丸焼になったために、えらい損害を受けてな。それからは何をしても思わしくないわ。その内に老先《おいさき》が短くなってくる、女房子のいる所が恋しゅうなってうかうかと帰って来たんや。老先の長いこともない者やけに皆よう頼むぜ。(賢一郎を注視して)さあ賢一郎! その杯を一つさしてくれんか
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