、お父さんも近頃はええ酒も飲めんでのう。うん、お前だけは顔に見おぼえがあるわ。(賢一郎応ぜず)
母   さあ、賢や、お父さんが、ああおっしゃるんやけに。さあ、久し振りに親子が会うんじゃけに祝うてな。
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(賢一郎応ぜず)
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父   じゃ、新二郎、お前一つ、杯をくれえ。
新二郎 はあ。(杯を取り上げて父にささんとす)
賢一郎 (決然として)止めとけ。さすわけはない。
母   何をいうんや、賢は。
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(父親、激しい目にて賢一郎を睨んでいる。新二郎もおたねも下を向いて黙っている)
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賢一郎 (昂然と)僕たちに父親《てておや》があるわけはない。そんなものがあるもんか。
父   (激しき憤怒を抑えながら)なんやと!
賢一郎 (やや冷やかに)俺たちに父親《てておや》があれば、八歳《やっつ》の年に築港からおたあさんに手を引かれて身投げをせいでも済んどる。あの時おたあさんが誤って水の浅い所へ飛び込んだればこそ、助かっている
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