う気がありませんから、そのおかみさんの前に立って、あたらしい買いたてのひもでむすばせました。すると、そのばあさんは、すばやく、そのしめひもを白雪姫の首をまきつけて、強くしめましたので、息ができなくなって、死んだようにたおれてしまいました。
「さあ、これで、わたしが、いちばんうつくしい女になったのだ。」といって、まま母はいそいで、でていってしまいました。
それからまもなく、日がくれて、七人の小人《こびと》たちが、家にかえってきましたが、かわいがっていた白雪姫が、地べたの上にたおれているのを見たときには、小人たちのおどろきようといったらありませんでした。白雪姫は、まるで死人のように、息もしなければ、動きもしませんでした。みんなで白雪姫を地べたから高いところにつれていきました。そして、のどのところが、かたくしめつけられているのを見て、小人たちは、しめひもを二つに切ってしまいました。すると、すこし息をしはじめて、だんだん元気づいてきました。小人たちは、どんなことがあったのかをききますと、姫はきょうあった、いっさいのことを話しました。
「その小間物売《こまものう》りの女こそ、鬼《おに》のような女王にちがいない。よく気をつけなさいよ。わたしたちがそばにいないときには、どんな人だって、家にいれないようにするんですよ。」と。
わるい女王の方では、家にかえってくると、すぐ鏡《かがみ》の前にいって、たずねました。
[#ここから1字下げ]
「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
[#ここで字下げ終わり]
すると、鏡は、正直《しょうじき》にまえとおなじに答えました。
[#ここから1字下げ]
「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
けれども、いくつも山こした、
七人の小人《こびと》の家にいる白雪姫は、
まだ千ばいもうつくしい。」
[#ここで字下げ終わり]
と、このことを女王さまがきいたときには、からだじゅうの血《ち》がいっぺんに、胸《むね》によってきたかと思うくらいおどろいてしまいました。白雪姫が、また生きかえったということを知ったからです。
「だが、こんどこそは、おまえを、ほんとうにころしてしまうようなことを工夫《くふう》してやるぞ。」そういって、じぶんの知っている魔法《まほう》をつかって、一つの毒《どく》をぬった櫛《くし》をこしらえました。それから、女王さまは、みなりをかえ、まえとはべつなおばあさんのすがたになって、七つの山をこえ、七人の小人のところにいって、トントンと戸をたたいて、いいました。
「よい品物《しなもの》がありますが、お買いになりませんか。」
白雪姫は、中からちょっと顔をだして、
「さあ、あっちにいってちょうだい。だれも、ここにいれないことになっているんですから。」
「でも、見るだけなら、かまわないでしょう。」
おばあさんはそういって、毒《どく》のついている櫛《くし》を、箱《はこ》から取りだし、手のひらにのせて高くさしあげてみせました。ところが、その櫛がばかに、白雪姫のお気にいりましたので、その方に気をとられて、思わず戸をあけてしまいました。そして、櫛を買うことがきまったときに、おばあさんは、
「では、わたしが、ひとつ、いいぐあいに髪《かみ》をといてあげましょう。」といいました。
かわいそうな白雪姫は、なんの気なしに、おばあさんのいうとおりにさせました。ところが、櫛《くし》の歯《は》が髪の毛のあいだにはいるかはいらないうちに、おそろしい毒が、姫の頭《あたま》にしみこんだものですから、姫はそのばで気をうしなってたおれてしまいました。
「いくら、おまえがきれいでも、こんどこそおしまいだろう。」と、心のまがった女は、きみのわるい笑いを浮かべながら、そこをでていってしまいました。
けれども、ちょうどいいぐあいに、すぐゆうがたになって、七人の小人《こびと》がかえってきました。そして、白雪姫が、また死んだようになって、地べたにたおれているのを見て、すぐまま母のしわざと気づきました。それで、ほうぼう姫のからだをしらべてみますと、毒《どく》の櫛《くし》が見つかりましたので、それをひきぬきますと、すぐに姫は息をふきかえしました。そして、きょうのことを、すっかり小人たちに話しました。小人たちは、白雪姫にむかってもういちど、よく用心して、けっしてだれがきても、戸をあけてはいけないと、ちゅういしました。
心のねじけた女王さまは、家にかえって、鏡《かがみ》の前に立っていいました。
[#ここから1字下げ]
「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
[#ここで字下げ終わり]
すると、鏡は、まえとおなじよう
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング