河原林少尉の姿が見えない。最後の激戦の時、刀を揮って挺身する姿を見たから、或は敵手に陥ったのではないかとの事に、乃木少佐は驚いた。軍旗を失わば何の面目があろう、我は引き返して軍旗を奪還するから、志ある者は我に従えとて、奮然として行こうとするのを、村松曹長、櫟木軍曹等が泣いて諫止した。これが、乃木将軍の西南役に於ける軍旗を奪われた始末である。
 二十三日にも第十四連隊は木葉附近に陣をとり、朝から優勢な薩軍と、銃火を交えた。中央部隊の大隊長、吉松少佐は乃木に向って援兵を乞うた。応援させる兵は無いが、自分がその戦線を代ろうかと乃木が云ったのに対して、吉松少佐は笑ってその必要の無いことを答えたが、間もなく吉松の率いる兵の突撃する声が聞えた。吉松少佐はついに重傷を負って斃《たお》れた。
 この応酬など戦国時代の古武士の風格が偲《しの》ばれる。日が暮れても薩軍の砲撃の少しも衰えない為、乃木はまた退却を決心した。命を下そうとして居る際に、薩軍は大挙して押し寄せた。日暮れである上に雨と硝烟の間敵味方もさだかでないままに相乱れて戦った。乃木の馬が疲れたので、吉松の馬に乗り換えたが、忽ち弾丸が馬に中《あた
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