て貰《もら》いてえのだが、俺《おらあ》これから、信州へ一人で、落ちて行こうと思うのだ。お前達《めえたち》を、連れて行きてえのは山々だが、お役人をたたっ斬って、天下のお関所を破った俺達が、お天道様《てんとうさま》の下を、十人二十人つながって歩くことは、許されねえ。もっとも、二三人は、一緒に行って貰いてえとも思うのだが、今日が日まで、同じ辛苦をしたお前達みんなの中から、汝《われ》は行け汝は来るなと云う区別は付けたくねえのだ。連れて行くからなら、一人残らず、みんな一緒に連れて行きてえのだ。別れるからなら、恨みっこのねえように、みんな一様に別れてしまいてえのだ。さあ、ここに使い残りの金が、百五十両ばかりあらあ。みんなに、十二両ずつ、くれてやって、残ったのは俺が貰って行くんだ。銘々に、志を立てて落ちてくれ! 随分、身体《からだ》に気を付けろ! 忠次が、何処かで捕まって、江戸送りにでもなったと聞いたら、線香の一本でも上げてくれ!」
 忠次は、元気にそう云うと、胴巻の中から、五十両包みを、三つ取り出して、熊笹《くまざさ》の上に、ずしりと投げ出した。
 が、誰もその五十両包みに、手を出すものはなかった
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