も云われた貸元が、乾児の一人も連れずに、顔を出すことは、沽券《こけん》にかかわることだった。手頃の乾児を二三人連れて行くとしたら、一体誰を連れて行こう。そう思うと、彼の心の裡では、直ぐその顔触《かおぶれ》が定《きま》った。平生の忠次だったら、
「おい! 浅に、喜蔵に、嘉助《かすけ》とが、俺と一緒に来るんだ! 外の野郎達は、銘々思い通りに落ちてくれ! 路用《ろよう》の金は、分けてやるからな!」
と、何の拘泥《こだわり》もなく云える筈《はず》だった。が、忠次は赤城に籠って以来、自分に対する乾児達の忠誠をしみじみ感じていた。鰹節《かつおぶし》や生米を噛《かじ》って露命を繋《つな》ぎ、岩窟《いわや》や樹の下で、雨露を凌《しの》いでいた幾日と云う長い間、彼等は一言も不平を滾《こぼ》さなかった。忠次の身体《からだ》が、赤城山中の地蔵山で、危険に瀕《ひん》したとき、みんなは命を捨てて働いてくれた。平生は老ぼれて、物の役には立つまいと思われていた闇雲《やみくも》の忍松《おしまつ》までが、見事な働きをした。
そうした乾児達の健気《けなげ》な働きと、自分に対する心持とを見た忠次は、その中《うち》の二三
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