の所に、傷痕《きずあと》のある浅黒い顔が、一月に近い辛苦で、少し窶《やつ》れが見えたため、一層|凄味《すごみ》を見せていた。乾児も、大抵同じような風体《ふうてい》をしていた。が、忠次の外は、誰も菅笠を冠ってはいなかった。中には、片袖《かたそで》の半分|断《ちぎ》れかけている者や、脚絆の一方ない者や、白っぽい縞の着物に、所々血を滲《にじ》ませているものなども居た。
街道を避けながら、しかも街道を見失わないように、彼等は山から山へと辿《たど》った。大戸の関から、二里ばかりも来たと思う頃、雑木の茂った小高い山の中腹に出ていた。ふと振り顧《かえ》ると、今まで見えなかった赤城が、山と山の間に、ほのかに浮び出ていた。
「赤城山も見収めだな。おい、此処《ここ》いらで一服しようか」
そう云いながら、忠次は足下に大きい切り株を見付けて、どっかりと、腰を降した。彼の眼は、暫《しば》らくの間、四十年見なれた懐《なつか》しい山の姿に囚《とら》われていた。赤城山が利根川の谿谷《けいこく》へと、緩《ゆる》い勾配《こうばい》を作っている一帯の高原には、彼の故郷の国定村も、彼が売出しの当時、島村伊三郎を斬った境の
前へ
次へ
全23ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング