かかった。一日、一晩で、やっと榛名を越えた。が、榛名を越えてしまうと、直《す》ぐ其処に大戸《おおど》の御番所があった。
信州へ出るのには、この御番所が、第一の難関であった。この関所をさえ越してしまえば、向うは信濃境《しなのざかい》まで、山又山が続いているだけであった。
忠次達が、関所へかかったのは、夜の引き明けだった。わずか、五六人しか居ない役人達は、忠次達の勢《いきおい》に怖《おそ》れたものか、彼等の通行を一言も咎《とが》めなかった。
関所を過ぎると、さすがに皆は、ほっと安心した。本街道を避けて、裏山へかかって来るに連れて、夜がしらじらと明けて来た。丁度上州一円に、春蚕《はるご》が孵化《かえ》ろうとする春の終の頃であった。山上から見下すと、街道に添うた村々には、青い桑畑が、朝靄《あさもや》の裡《うち》に、何処《どこ》までも続いていた。
関東|縞《じま》の袷《あわせ》に、鮫鞘《さめざや》の長脇差《ながわきざし》を佩《さ》して、脚絆《きゃはん》草鞋《わらじ》で、厳重な足ごしらえをした忠次は、菅《すげ》のふき下しの笠を冠《かぶ》って、先頭に立って、威勢よく歩いていた。小鬢《こびん》
前へ
次へ
全23ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング