吹いて来て、入れ札の紙が、熊笹《くまざさ》を離れて、ひらひらと飛びそうになった。
「ああ、こんなものが残っていると、とんだ手がかりにならねえとも限らねえ」
そう云いながら、九郎助は立ち上って散《ちら》ばっている紙片を取り蒐めると、めちゃめちゃに引き断《ちぎ》って投げ捨てた。九郎助の顔は、凄《すご》いほどに蒼《あお》かった。
「俺《おらあ》、秩父《ちちぶ》の方へ落ちようかな」
九郎助は独言《ひとりごと》のように云った。彼は仲間の誰とも顔を合しているのが厭だった。秩父に遠縁の者が居るのを幸に、其処《そこ》で百姓にでもなってしまいたかった。
彼は、草津へ行った連中とは、反対に榛名《はるな》の西南の麓《ふもと》を目ざして、ぐんぐん山を降りかけた。
彼が、二三町も来たときだった。後から声をかけるものがあった。
「おい阿兄《あにい》! 稲荷《いなり》の阿兄!」
彼は、立ち止って振り顧《かえ》った。見ると、弥助が、息を切らしながら、追いかけて来たのであった。彼は弥助の顔を見たときに、烈《はげ》しい憎悪《ぞうお》が、胸の裡に湧《わ》いた。大切な場合に自分を裏切っていながらまだ身の振方をでも相
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