癖のように、怒鳴る忠次の声が、耳のそばで、ガンガン鳴りひびくような気がした。彼は皆が自分の顔を、ジロジロ見ているような気がして、どうしても顔を上げることが出来なかった。
吉井の伝助は、無筆だったので、彼は仲よしの才助に、小声で耳打ちしながら、代筆を頼んだ。
皆が、札を入れてしまうと、忠次が、
「喜蔵! お前読み上げてみねえ!」と言った。
皆は、緊張のために、眼を輝かした。過半数のものは諦《あきら》めていたが、それでも銘々、うぬぼれは持っていた。壺皿を見詰めるような目付で、喜蔵の手許《てもと》を睨《にら》んでいた。
「あさ[#「あさ」に傍点]、ああ浅太郎の事だな、浅太郎一枚!」
そう叫んで喜蔵は、一枚、札を別に置いた。
「浅太郎二枚!」彼は続いてそう叫んだ。
又、浅太郎が出たのである。浅太郎が、この二三年忠次の信任を得て、影の形に付き従うように、忠次が彼を身辺から放さなかったことは、乾児《こぶん》の者が皆よく知っていた。浅太郎の声がつづくと、忠次の浅黒い顔に、ニッと微笑が浮んだ。
「喜蔵が一枚!」
喜蔵は、自分の名が出たのを、嬉《うれ》しそうに、ニコリと笑いながら叫んで、
「
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