忠次に着いて行ったところで、自分の身に、いい芽が出ようとは思われなかったが、入れ札に洩れて、年甲斐《としがい》もなく置き捨てにされることがどうしても堪《たま》らなかった。浅太郎や喜蔵の人望が、自分の上にあることが、マザマザと分ることが、どうしても堪らなかった。
かれは、筆を持ってぼんやり考えた。
「おい! 阿兄! 早く廻してくんな!」
横に坐っている浅太郎が、彼に云った。阿兄! と云いながらも、語調だけは、目下を叱《しっ》しているような口調だった。九郎助は、毎度のことながらむっ[#「むっ」に傍点]とした。途端に、相手に対する烈しい競争心が――嫉妬《しっと》がムラムラと彼の心に渦巻いた。
筆を持っている手が、少しブルブル顫《ふる》えた。彼は、紙を身体で掩《おお》いかくすようにしながら、仮名で『くろすけ』と書いた。
書いてしまうと、彼はその小さい紙片をくるくると丸めて、真中に置いてある空《から》になった割籠《わりご》の蓋《ふた》の中に入れた。が、入れた瞬間に、苦い悔悟が胸の中に直ぐ起った。
「賭博《ばくち》は打っても、卑怯《ひきょう》なことはするな。男らしくねえことはするな」
口
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