うした言葉が、力強く僕の胸に跳ね返ってきたのです。あの若者のような場合に、あの若者のような態度に出ることは、何人からも肯定さるべき、自然な人情ではないか。それが、人間として美しいことではないか。それだのに、自分自身死にそこなって苦しがっている彼を、法律は追及して、罰しなければならないのだろうか。
そんなことを、考えていると、僕はさっき、傷に悩んでいる青年を脅《おど》したり賺《すか》したりして問い落して得意になっていた自分の態度が、さもしいように考えられて来たのです、僕の職務的良心が、ともすればぐらぐらに崩れそうになっていたのです。
出張したのは二時頃でしたが、すべての手続きが片づいた頃には、日がとっぷりと暮れていました。僕らは、引き上げようとして、俥が来るのを待っていたときです。臨検中は、私人が二階へ上るのを、一切禁じてあったのですが、もうすべてが終ったので、家人の上るのを許したのです。すると、待ち構えていたようにいちばんに上って来たのは、さっき見かけたこの家のお主婦《かみ》なのです。
僕の顔を見ると、平蜘蛛のように、お辞儀をしながら、そのくせ、額ごしに、冷たい目でじろじろ見て
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