、明らかに死を望んでいる、そして死ぬ方が、何よりの解脱である。この女が、自殺しようとしてもがいているときに、ちょっと短刀を持ち添えてやったことが、なぜ犯罪を構成するのだろう。現代の社会のいちばん不当な間隙に、身を挟まれて苦しんでいる彼女が死を考えることに何の無理があるのだろう。また彼女が死んだからといって、何人が損をするというのだろう。楼主が損をするというのか。否、彼は彼女の血と膏とで、もう十分舌鼓を打った後ではないか。我々が、彼女の死を遮《さえぎ》るべき何の口実ももっていないのではないか。またたとえ、彼女の死を遮り止めたところで、彼女を救ってやるいかなる方法があるだろう。それだのに、彼女が死を企てたときに、ちょっとその手伝いをしたあの若者が、何故に罰せられなければならないのだろう。
そのときに、僕はふと、さっき尋問の手段として、若者にいいきかせた自分の言葉を思い出したのです。
『……女が可哀そうじゃないかね。どうせ二人で死んで行くのだもの。女が苦しんでいれば、お前も手をとって力を添えてやるのが人情じゃないか。それが、人間として美しいことじゃないかね』
自分が、手段のためにいったこ
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