ために、疲れ果てて、蒲団に寝かされた後も、苦しそうに肩で息をしている若者を、僕は、猟人がちょうど自分の射落した獲物でも見るような目付で、しばらくはじっと見つめていたのでした。僕の尋問の綾《あや》に、うまく引っかかって、案外容易に、自白してしまった若者に、憫《あわれ》みを感じながら、しかも相手の浅はかさを、蔑《さげす》むような心持さえ動いていたのです。
そのときに、警部が僕に近づいて来て、若者にはきこえないような低声で、
『ちょっとおいで下さい、解剖をやっています』と囁《ささや》きました。
僕は、それをきくと、女の死体のある元の四畳半に帰って行ったのです。さすがに、女の死体は、蒲団の上に、真っすぐに寝かされていました。よれよれに垢じみた綿ネルらしい寝衣を、剥ぎ取られた姿は、前よりももっとみじめな浅ましいものでした。胸のあたりの蒼い瘠せた皮膚には、人間の皮膚らしい弾力が少しも残っていないのです。露わに見えている肋骨や、とげとげしい腕の関節などが、この女の十年の悲惨な生活をまざまざと示しているのでした。また、その身体の下半部に纏《まと》っている腰巻が、一目見た者が思わず顔を背けねばなら
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