ないほど、ひどいものでした。それは、ネルでしたが、地の桃色が褪せてしまって、ところどころに白い斑《まだら》ができて、それが灰色に汚れているのです。よく、注意して見ると、それは普通の婦人がするように、ネルの上に白木綿を継ぎ足してあるのですが、その白木綿が、鼠色に黒くなっているところへ、迸《ほとばし》った血がかかったため、白木綿のところまでが、ネルの部分と同じように、汚れた桃色に見えていたのです。
 女は、見る見るうちに、喉の傷口を剖《あば》かれ、胸から腹部へと、次々に剖《あば》かれて行くのでした。警察医は、鶏の料理をでもするように、馴れ切った冷静な手付きで、肺や心臓や胃腸など一通《ひととお》り見た上で、女に肺尖《はいせん》カタルの痕跡があるといいました。
 僕は、死体の解剖を見ているうちに、自分の気持が鉛のように重苦しくなって来るのを感じたのです。女の栄養不良の瘠せ果てた身体は、彼女の過去の苦惨な生活を、何よりも力強く、僕の胸に投げつけるのです。十年もの間、もがいた末に、なおこうした地獄の境目を脱すべき曙光を見出し得ない彼女が、自殺を計るということは、当然過ぎるほど、当然なことのように思
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