が――』
『そうそう、さっききいたのは、そこだった。そこを一つ考えずにいってくれ、よく世の中には、別れの辛いということがあるが、国へ帰って兵に行くということになると、自然あの女とも別れることになるのだったな』
『実は、かれこれ申し上げていましたが、今まで申し上げたことも、一つですが、もう一つ他のことは、兵にはいるのが嫌だったのです。それで、私が思い詰めて、女に申しますと、女もそれではと申しまして、こういうことになったのです』
『それに相違ないか。この先、お前が違うことをいうと、お前に嫌疑がかかる上に、憎しみもかかり、結局はお前の損になるのだから』
『その通り、決して違いありません』
 そう、いい終ると、若者はその顔に絶望の表情を浮べたかと思うと、そのまま崩れるように、仰向けに倒れてしまいました。
 彼が、自殺幇助の罪を犯していることが、明らかにされたのです。自殺幇助の罪は、六ヵ月以上七年以下の懲役または禁錮です。若者の尋問が終ると、うまく問い落したというような、職務意識から来る得意さと満足とが私の心のうちに湧いて来るのを、禁ずることができませんでした。ほとんど、一時間に近い、長い尋問の
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