長女が芝居の研究会にはいっていることは知っていたが、まさか舞台に出るまで深入りしているとは、知らなかった。
 今日は、この三、四日、研究会の集まりで、非常に遅くなるといって、出かけて行った。
 だから、十一時までは気に止めなかったけれど、その頃美和子が帰って来て、
「お姉さまは、今晩もきっと遅いわ、でも、お母さん心配しないでいいのよ、お姉さま、とても素敵なお仕事をしていらっしゃるんだから……」と、母親をからかうようにいって、二階の寝床へ上ってしまった。
 妹が帰った後、一時近くになっても、姉は帰って来なかった。母はいても立ってもいられない気持になった。
 いっそ、美和子を起して、様子を訊こうかと、二階へ上りかけたとき、路次の入口で、自動車が止り、走り込んで来る靴音がした。
 こっちも走り出て、玄関を開けると、
「ああ、疲れちゃった。お母さん、まだ起きていらしったの。寝ておしまいになれば、よかったのに……」と、圭子の顔は、口惜《くや》しいほどのんきだった。
「まあ! お前が帰るまでは寝られますか。何時だと思うの……」と、母親らしい叱責の言葉に、圭子は応《こた》えもせず、
「眠いわ。」と、
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