二階へ行こうとする。
「女世帯で、こんなに遅くなったりすると、外聞が悪いったらありませんよ。圭子!」
「もう、分ったわ。お叱言《こごと》は、あした伺うわ。とても、疲れているの。早く寝ないと明日がたいへんだわ。」と、せいぜいわがまま一杯なことをつぶやいて、早くも階段を上り切ってしまった。
その翌日、十一時近くまで、寝ていて、食事に階下《した》へ降りて来ると、いきなり、
「お母さん、お願いがあるのよ。」と、思い入った風情でいい出した。
「何……?」圭子が改まって、やさしい言葉を使うときは、お金の入用《いりよう》に定《きま》っているので、母親はたちまち警戒して、こわい眼で娘をながめながら無愛想にいった。
「お金がいるのよ。それも沢山なの。私、学校をよしてもいいから、私の学資にとっておいたお金を、今一度に出してくれない!」
「まあ。お前何をいうんですか。だしぬけに……」
「だって、そのお金がないと、私死ぬほど辛いのですもの。」と涙声になっていった。
「いくらくらいなの一体?」と、母は総領娘には、やっぱり甘かった。
「五百円いるの。」
「五百円!」母はあきれて、マジマジと娘の顔を見つめるばかり
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