貞操問答
菊池寛
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)水溜《みずたまり》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)私達|姉妹《きょうだい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)はかり[#「はかり」に傍点]
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金を売る
一
七月、もうすっかり夏であるべきはずだのに、この三日ばかり、日の目も見せず、時々降る雨に、肌寒いような涼しさである。
今も、小雨が降っている。だが空はうす白く、間もなく雨も降り止みそうな光が、ただよっている。
新子は、ぼんやり二階の居間から、外を眺めている。
路次の水たまり、黒い小猫がぴょんぴょんと水溜《みずたまり》をさけて、隣の生垣の下をくぐった。茶色の雨マントを着た魚屋が、自転車に乗って来て、共同水道のわきで、雨にぬれながら、切身を作り始めた。
豆腐屋のラッパ、まだ午前《ひるまえ》なのである。
「あーあ!」新子は、かるい欠伸《あくび》をした。
とたんに、階段の下から、甘えかかった、
(新子姉さまア!)という声が、弾み上り、ドタドタとかけ上って来る足音がし
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