ございませんもの。私、出来るだけ、お金作りますわ。」
「貴女の『彼女』は予想以上の成功ですし、中途でなんか止《よ》したくないだろうな。さっき、久能さんが、賞めていましたよ。」
「まあ! 久能さんも、見物にいらしっていたんですの。」
「ええ。あの人は新劇には、今でも熱心ですよ。」久能というのは老劇作家で、新劇団の先輩であった。
「私《わたし》明日は、十三場の幕切《まくぎれ》を、気をつけてやってみたいと思いますの。あすこ、今日は少し失敗だったと思いますの。」と、圭子は、若々しい身体の肺の豊かさを思わせるような、吐息まじりに、顔を輝かせた。
小池は、肘を起して、今度は足を張って、椅子を反りかえらせた。
「しかし、人生においても、演劇においても、先立つものは金ですな。」小池は、圭子の顔をじっと見て苦笑した。
第三者が、冷静に観ていると、小池には、深いずるさ[#「ずるさ」に傍点]ではないが、毒のないずるさ[#「ずるさ」に傍点]があり、圭子の家に、相当の小金があると察し、また金離れのよい圭子の性格を、それと悟って、わざと持ちかけている愚痴のようにもきこえたであろう。
「お金のこと、ほんとうに私
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