柄な男だった。
 熊手にした指で、ふさふさ落ちかかって来る髪の毛を、しきりと後《うしろ》へ高く掻きあげながら、眼の玉をくるりとむき、唇をとがらせて、
「これじゃ我々自身が『落伍者の群』になりそうじゃ。衣裳代をかけすぎましたな。もっと筒井を頼りにしていたんだが、あれが三、四百円は切符を売るといっていたんだが、『第二の亡霊』だけじゃ厭じゃというて、逃げ出してしまうなんて、あまり万事筋書通り過ぎるですなあ。」
「………」
「この分じゃ、五日間はムリですな。第一、小屋代の工面が、つかんですな。」
 圭子は、舞台の上の「彼女」のような気持になって、
「初めての公演なんですもの。いよいよ困れば、私何とかしたいと思いますの。」
 女の一本気から、かえって落着いた度胸を見せて、じっと小池を見つめながらいった。

        二

「いや、貴女《あなた》だけに、心配をかける訳には行かないし、それに、毎日二百円はかかりますよ。切符代なんて、てんで集まらないし……僕は、すっかり憂鬱になりますな。」溜息を吐くと、小池は卓子《テーブル》の上に肘をついて、圭子を見た。
「初めての試みなんですから、誰の責任でも
前へ 次へ
全429ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング