?」
「これよ。」母は、うれしそうに、膝の上に置いてあった渋色になった、みの紙の書付をひらひら出して見せた。

[#ここから1字下げ]
一、金二十三円九十二銭也
 平打純金指輪。五匁二分(一匁四円六十銭也)
一、金二十円二十四銭也
 平打純金指輪。四匁四分(一匁同上)
 細工料一円二十銭
 明治四十年九月吉日
[#ここで字下げ終わり]

 と書いてあった。
 考えると、これは両親のエンゲージ・リングなのである。
「売っちゃうの。」新子は、何か悲しいような、あさましいような気がして、しずかに母の顔を見返した。

        五

 この四、五年来、金輸出禁止とか解禁とか、再禁止とか、あんなに騒ぎがあって、金の値上りについての新聞記事だっていく度も出ているのに、それをちっとも知らない母は、重松のいう相場に、何か大もうけでもしたように、うれしがっていた。
「ねえ。この書付だとこんなに安いのが、百何円にもなるのだねえ。やっぱり、昔のものは、物がいいんだね。」
 ほかの物は、いざ知らず、金はいつにでも金であるところに値があることを知らないらしい母に、新子は、
「ええ。」と返事はしたものの、あ
前へ 次へ
全429ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング