たたかく眼頭《めがしら》がうるんで来た。
 父が死んで以来、母が経済的には不具だということが、露骨に分って来ていた。百円の金は、半月くらいの間に、煙の如く意味もなく、消えるのだろうと思うと、そのために、亡父と母との大事な記念物が、易々《やすやす》と消えて行くことが、新子には悲しかった。
 重松は、紙幣を数えて、母に渡し、小銭をも出そうとすると、母はあわてて、
「端金《はした》は、いらないから。」と、あきれるばかりの気前のよさで、ほくほく紙幣を受け取るのであった。その端金《はした》があれば、午後取りに来るはずの電燈代が払えるのにと思うと、新子は、
(妾《あたし》がいるから、重松さん、置いて行きなさいよ!)と危く口に出かけたが、今でも貧乏たらしくすることのきらいな母の気持を傷つけたくないために新子はだまっていた。
 重松が帰ると、結局金を持って気の大きくなっている母から、さっき頼まれた姉の書籍代を引き出すことに、気をつかわねばならなかった。
「ねえ。お母さま、お姉さまの本代がいるのよ。二十五円ばかり、その中から出して下さらない?」気のいい母は、かの女の思わく通り、割合機嫌よく、圭子の書籍代
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