鳴が聞えると同時に、たちまち馬が、竿立《さおだち》になり、タッタタッタと、二、三歩後退した。

        五

 ちょうど、別荘から出て来た新子と、折悪しく夫人の馬とが、出会頭になったのだ。
 夫人も必死に馬を止めたらしく、ちょっと口が利けないほど、驚いているし、新子はあわてて馬を避けた拍子に、背後《うしろ》へ倒れかかったらしく、そこにある白樺の太い幹へ、十字架にかかったような姿勢でよりかかって、痛そうに顔をしかめ、鷺《さぎ》のように片足で立っているのだった。
 青年は驚いて馬から降りると、手早く馬を傍《かたわら》の木につなぎ、
「蹴られたんですか。」と、不安そうに、新子に近づいた。
「大丈夫よ。ただ、不意だったから、びっくりなさったのよ。ねえ、怪我なんかないでしょう。」さすがの夫人も、あなや[#「あなや」に傍点]という思いをして、胸をとどろかせているのに、なお平生《ふだん》の虚勢を捨てないのだった。
「大丈夫でしょう。ねえ。」と、もう一度云うと、すっかり不機嫌そうに、謝罪の言葉など一言もなく、二人の脇を馬に乗ったまま、通りすぎてしまった。
「足を、どうかなさったのですか。」そう
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