こらしげに笑った。
並んで、馬を打たせ始めると、夫人は怒ってでもいるように、軽井沢近くなるまで、物を云わなくなってしまった。
離山《はなれやま》のふもとまで来たとき、青年は、この気まぐれの大公妃のご機嫌を取るつもりで、実に用心ぶかくつつましく、不安げに訊いた。
「何か、お気にさわりましたか。」
「私が……何を。」夫人は、いたずらいたずらした大きな双眸を、ジッと青年の方へ向けた。
夫人を敬遠しながらも、やはり青年は夫人の影響の下にあると見えて、やはり青年の気持ちには落着きがなく、夫人の媚態の甘やかさに酔うていたのだ。
「だまっておしまいになったから。」
「そうよ、貴君が、警戒ばかりするからよ。」そういいながら、夫人はかるく拍車を当てた。馬は、急に早い速歩《トロット》に移った。
「危いですよ、そんな……」青年は、もう別荘地の道に出るので、夫人の無謀を制しようとすると、夫人はわざと一鞭くれた。
競走馬上りだけにかん[#「かん」に傍点]のいい牝馬《ひんば》は、すぐ駈足になって戞々《かつかつ》たる馬蹄の音を立てながら前川邸近い森の中に走り入ろうとしたように見えたが、何人《なんぴと》かの悲
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